【キャッシュレスQ&A】事業者の悩みに中小企業診断士が回答
- 10月より実施された政府主導の「キャッシュレス・消費者還元事業」について、全国の中小・小規模事業者を対象に意見を募集し、寄せられたリアルな悩みや疑問に対して、中小企業診断士の㈱にぎわい研究所 代表取締役 村上知也氏に回答していただきました。
また、事業者と消費者の双方視点でメリット・デメリット(普及への課題)を比較し、今後事業者側が取り組むべきキャッシュレス対応についても解説いただきました。
Q1:製造業や卸売業で決済相手が会社の場合もキャッシュレス決済を導入するべき?
村上先生の回答
キャッシュレス化を導入するという意見に私も賛成です。
製造業を含めた会社間取引(BtoB取引)では銀行振込によるキャッシュレス化がすでに進んでいます。銀行振込も立派なキャッシュレス手段の一つです。日本はキャッシュレス後進国だと言われますが、銀行振込を含めて考えると決してキャッシュレス化が遅れているわけではありません。
さらにクレジットカードやスマホ決済を活用するのも有効ですが、金額の大きいBtoB取引では支払限度額によりクレジットカードで決済できなかったり、今回のキャッシュレス・消費者還元事業でも還元上限額が1.5万円などと設定されているため決済できても還元額が小さくなるでしょう。そのため、常に取引額の5%が還元されるわけではありません。そうすると、思ったより還元の恩恵が受けられない可能性が高いです。
ただし、会社で少額の現金支払いを多数行っている場合はキャッシュレス化をすると効果が大きいでしょう。現金管理の手間が減りますし、支払った後の経理処理も効率化されます。もちろん要件を満たせば、ポイント還元の対象となります。会社間取引でも現金を使っているところは積極的にキャッシュレス化を進めて欲しいと思います。
Q2:小規模経営者には負担が大きすぎて不平等では?
村上先生の回答
たしかにキャッシュレス決済の準備をするのは複雑で大変ですね。さらに決済会社に手数料を取られるので不平等だと思うのももっともです。ただ今後、消費者のキャッシュレス決済比率が上昇していくと、キャッシュレス決済に対応していない事業者(お店)は売上が減少するかもしれません。手間はかかりますがキャッシュレス決済の準備を進めて欲しいと思います。
一方でキャッシュレス決済の導入は、お店にもメリットがあります。苦労してキャッシュレスを導入するなら、メリットを使い尽くすくらいの気持ちでいきましょう。お店にとってキャッシュレス化の最大のメリットは現金管理の手間が減少することです。「キャッシュレス化推進に向けた国内外の現状(野村総合研究所 平成29年)」によると、レジ締め作業にはレジ1台あたり、平均48分かかるとされています。(レジの現金残高確認作業25分、売上データ集計作業23分)それ以外にも、銀行などでの現金両替作業に8分、釣り銭をレジに準備する作業に10分、売上金(現金)を銀行口座に入金する作業に14分かかります。この合計は80分で、キャッシュレス化により徐々にこの時間が減っていくとお店にとってもメリットになるでしょう。
また、キャッシュレス化は消費者だけではなく働く従業員にとってもメリットがあります。両替や現金を数える手間が減少しますし、レジを締めて金額が合わない場合などの余計な気苦労がなくなります。
とかく手数料など損をすることに目が行きがちですが、お店にとってもキャッシュレス化のメリットがありますので、積極的にメリットを享受できるように取り組んでください。
Q3:9ヶ月間だけの還元支援のために導入するのはリスク?
村上先生の回答
還元支援期間の9ヶ月は短いですね。10月に入って導入を検討される事業者(お店)がいることを考えるともう少し長いほうが良かったかと思います。キャッシュレス決済をお店が導入すると導入費用や手数料など負担がかかります。期間限定で手数料が0%であったり、今回の還元期間中は手数料が減免されますが、いずれにしてもお店の負担増は免れません。そのため、十分に集客できているお店が、わざわざプラットフォーマーである決済事業者に手数料を払うのは納得いかないのも当然だと思います。
ただ、この機会に考えていただきたいのは消費者側の動向の変化です。キャッシュレス化比率は徐々に上昇しています。政府目標でも2025年に40%、そして将来は80%としています。キャッシュレスで支払う消費者が増えると、どうしてもキャッシュレス非対応のお店はお客様から選択されなくなる恐れがあります。例えば交通系ICカード(Suica等)は一度使い始めた人は便利さに慣れてしまい、紙の切符を買うことはない状態です。同じように買い物時のキャッシュレス化が進めば、キャッシュレス対応していないお店には選んでもらえず、気付けばお客様が減っていたということになりかねません。そのため、今回の還元支援を活用してキャッシュレス化の準備だけは進めておいて欲しいです。
具体的には、還元支援策を活用すればキャッシュレス決済端末を無料で入手できますので、端末の導入を試し、キャッシュレス決済の実験的利用をしてみてください。本格的にキャッシュレス決済を導入するかはお店の経営者が決めることができます。実験をして不要と感じるのであれば導入をやめてもいいでしょうし、キャッシュレス決済の利便性を感じることができれば利用を継続してはいかがでしょうか。いずれにしても消費者の動向を見て対応を検討して欲しいと思います。
Q4:キャッシュレス導入しましたが、セキュリティは本当に大丈夫?
村上先生の回答
個人情報漏えいや悪質な不正利用、心配ですね。万全のセキュリティというものは残念ながら存在しないのですが、クレジットカードは昔よりずいぶんセキュリティは高まりました。さらにスマホ決済でも消費者側のセキュリティはかなり高まっています。現金は落としたら終わりですが、スマホ内の現金はスマホのロック機能などで守られています。もし事故が起きても本人過失が低ければ多くの場合は保証されます。
一方で、事業者(お店)側はどうでしょうか。レジに多額の現金を置いておくより、キャッシュレスで決済してもらったほうが盗難等のリスクは下がるでしょう。現金支払いが減少すれば両替のために売場を離れることも減って安全性が高まると喜んでいる事業者もいます。
個人情報漏えいや悪質な不正アクセスは今まで何度も発生しこれからも恐れがあるでしょう。しかしキャッシュレス決済の場合、お店にはお客さまの個人情報は残りません。そのためお店のリスクは低いと言えます。ただし、お店では決済端末の盗難やQRコードの管理は徹底してください。
また、決済事業者はよりセキュリティを高めていかねばならないでしょう。すでにいくつかの決済事業者がセキュリティ事故を起こしているのも事実です。お店や消費者が安心してキャッシュレス決済を利用できるように、決済事業者には仕組みを堅牢なものにして欲しいと思います。
Q5:災害・停電時のキャッシュレス決済システムはどうなる?
村上先生の回答
災害時の対応は本当に心配ですね。災害時に電気や水などのインフラが止まってしまうとさまざまな不便が発生してします。消費者の立場としては、完全にキャッシュレスで行動するのではなく、一定の現金を持ち歩くことは必要と言えるでしょう。
一方、事業者(お店)側の立場でも、お釣り用に一定の現金は用意しておく必要があります。日本のキャッシュレス化比率は年々増加していますが、100%キャッシュレスの時代はかなり先で、キャッシュレス決済と現金の併用は今後もしばらくは続くでしょう。用意する現金の量は徐々に減少するでしょうが、現金での決済に備えておくことはまだまだ必要です。
そして、決済やレジが止まった場合にどのように対応するか防災訓練を実施しておくとよいでしょう。手動でレジや決済をするとしたらどう記録するかなど一度考えてみて欲しいと思います。
ただし、キャッシュレスも進化しています。例えばSQUAREのようなモバイル型のキャッシュレスであれば、スマホの電波は必要ですが、電源がなくてもキャッシュレス決済は可能です。モバイルバッテリーでの充電も可能です。
また、PayPayやLINE Payなどの紙のQRコード決済であれば、消費者のスマホがネットに繋がっていれば決済可能です。これらのような災害時にも対応可能性が高まるキャッシュレスの準備も考えておくと良いでしょう。
Q6:売上金の資金繰りが不安・・・入金サイクルは早いの?
村上先生の回答
資金繰りは不安ですね。早い時期からキャッシュレス化を導入した事業者にとってキャッシュレス売上金の入金が翌月末というイメージがありましたが、最近ではこの入金サイクルが短くなっています。スマホのコード決済だけではなく、クレジットカードも以前に比べてサイクルは短縮化しています。
以下にいくつかのキャッシュレスサービスの入金サイクルを記載します。
このように、キャッシュレス売上金の入金サイクルは短縮化傾向にありますので、以前ほどは資金繰りへの影響が低下しています。ただし、対応する金融機関によってサイクルが異なったり、最低入金額が設定されていたりしますので、キャッシュレス決済を契約するときには手数料と入金サイクルは必ず確認してください。
総括:中小・小規模事業者に向けた今後のキャッシュレス化について
キャッシュレス決済導入のような新しい取り組みにはメリット・デメリットがあります。そして、その捉え方は消費者と事業者(お店)で変わってくると思います。消費者にとっては、手軽さ・スピードなどの利便性、ポイント還元などのお得感、そして紛失リスクの安全性も含めてよりメリットの方が大きいと思います。新しいサービスに対する漠然とした不安の払拭や使えるお店が増加すれば、消費者のキャッシュレス利用意欲はさらに高まるでしょう。
一方で、事業者(お店)側は簡単に導入決定とはいかないでしょう。ポイント還元による新規集客や現金管理の軽減・効率化がメリットとして考えられます。しかし、ポイント還元は9ヶ月間の期間限定ですし、現金扱いが減って便利になるには時間がかかります。そんな中、加盟店手数料を負担するという最大のデメリットがあるためお店が導入を躊躇するのももっともでしょう。
しかし、前述のように消費者のキャッシュレス決済への利用意欲は高まっています。
キャッシュレスサービス利用開始年度調査では、この10年間で約3.6倍と右肩上がりで増加しています。決済手段として、“現金とキャッシュレス決済どちらが便利ですか”という問いでは、「現金(4%)」、「どちらとも言えない(27%)」に対して「キャッシュレス決済(69%)」と7割近くの人がキャッシュレス決済を支持する結果となりました。
キャッシュレス決済利用者1000人に聞いた「1番使われている決済サービス」はどれ?
世代間の格差はありますが、それでもキャッシュレスの利便性に消費者は気づき始めています。今後もさらにキャッシュレス決済比率は高まるでしょう。
全くキャッシュレス決済への対応が取れていないお店は、徐々に消費者から選ばれなくなってしまうかもしれません。「キャッシュレス社会の実現に向けた調査報告書(日本クレジットカード協会)」によると、「キャッシュレス決済に対応していない店舗を避けることがある」と答えた消費者は32%います。
お店としては消費者のことを考えるとキャッシュレス決済への対応を検討せざるをえない時期が来ています。政府主導のキャッシュレス・消費者還元事業により、決済端末の導入費用無料・手数料の減免などの優遇で今が導入しやすいタイミングでもあります。
さらに消費者への還元も大きく、お店にとってはこの1年は新規顧客を獲得するチャンスです。しかし還元などの金銭的メリットで獲得したお客様は、そのメリットがなくなると来店されなくなります。大手の事業者はまたコストをかけて別の販促ができますが、小規模な事業者(お店)はカバーできないないでしょう。
事業者は、キャッシュレス・消費者還元事業等で新規顧客開拓をしたお客様にいかにして自店のファンになってもらえるかが勝負です。キャッシュレスで新規集客、業務効率アップを図りながら、接客やサービス向上などで本質的な価値を提供することに注力していく1年にして欲しいと思います。
中小企業診断士紹介
中小企業診断士
村上 知也
株式会社にぎわい研究所
代表取締役 村上 知也
大手システムインテグレータに13年間勤務し、ITコンサルタントとして活躍後、2008年に中小企業診断士登録。小規模の企業のIT化支援や、ホームページ、SNS活用といったwebマーケティング分野が得意です。とくに、小規模事業者向けになるべくお金をかけずに行う集客やIT化の支援に取り組んでいます。