タイムバンクに見る人手不足解消の新しい提案

日本の人手不足は一段と深刻化している。
長期間の好況が続く欧米に比べて日本の企業業績は好調だが、成長性の評価は低く、好調な業績見込みに比べると株価評価は低い。その理由は、日本の少子高齢化が進むことに加え、日本独自の終身雇用制により生産性が低下傾向にあるからとも言われる。
ここでは、今後の日本経済成長のカギを握る人手不足問題について、最近話題になっている「個人の時間を売買できる」タイムバンクの考え方を踏まえながら考えてみたい。

日本の人手不足

少子高齢化が危惧され始めてから既に30年近くになり、問題は深刻化し加速している。
日本の失業率は3%程度(完全雇用レベル)から、昨年2%台に低下し(1994年以来の低水準)、有効求人倍率も1倍を越える高水準が続いている。
日銀短観等でも雇用人員判断D.Iが全産業マイナス(人手不足)で、五輪需要の建設以外でも宿泊・飲食サービス、小売、運輸等の業種や中小企業に人手不足感が強まっている。
オリンピック関連等の一時的要因ではなく、少子・高齢化に伴う労働力人口の減少が主因と思われ、政府や各企業の早急な対応が迫られている。

タイムバンクの仕組みと人が持つ時間の再認識

こうした全国的な人材ひっ迫状況の中で、メタップス社のアプリ「タイムバンク」が話題になっている。
タイムバンク – 時間を売買できるアプリ

このタイムバンクというアプリでは、各個人が持つオンライン上の影響力を数値化し、一定以上の影響力偏差値(57以上)であれば文字通り自分のタイム(時間)を販売できるシステムで、登録申請・審査合格後には時間発行手続きが可能になる仕組みだ。
既に、個人同士の時間売買仲介には「ココナラ(事業知識・スキル等の売買可能なオンラインマーケット)」、「Time Ticket(広いカテゴリの空き時間売買仲介)」、「ANYTIMES(ご近所助け合い)」等、多くの企業がある。
だが、メタップス社はタイムバンクについて「様々な空き時間を有効活用できる“時間市場”の創出を通して、個人が主役の新たな経済システムの実現を目指し、時間の価値を再認識してもらうことで人々の働き方や生き方を変えていきたいと考えています」と公表しており、文字通り“時は金なり”のシステムで、個人の時間についての“時間の価値を再認識”を促し、人々に新しい時間認識を提案すると言う姿勢を明確に打ち出している。

ネット有名人や専門家等の時間を購入でき、専門的なアドバイスやビジネスコンサルティング利用に加え、堀江貴文氏、為末大氏等の有名人や著名YouTuber等、普段は会えないような人に会い、会話できると言う点が人気を呼んでいる。
タイムバンクのサービスが、他人の時間購入や自分の空き時間を提供するということから、あらためて人の持つ時間の価値が「見える化」され、再認識されたのだろう。

最近の厳しさを増す人材不足に対応するためには、人の持つ時間の有効活用が、これからの日本において長期安定雇用・年功序列賃金制と異なる新しい取り組みが必要とされるのかも知れない。

働き方改革と雇用流動化(日本の企業における雇用流動化の問題)

日本企業の生産性が欧米より低い理由は、人手不足よりも人材の移動を阻む終身雇用制度、企業理由による解雇禁止法制の弊害による要素が大きいと言う考えがあり、雇用流動化論が脚光を浴びている。

雇用流動化とは、企業の終身雇用による固定的な雇用から転職などを容易にし、他社・他部門等に移り、新しい仕事に取り組める状況をいう。
本来の雇用流動化論は「従業員の希望で、自由に職業等を選択し、移動可能にする環境の推進」だったはずだが、会社都合の解雇が進むという点からの反対も根強い。
終身雇用支持論者である経済学者小池和男は、企業の長期雇用(定着化)は労働者のスキル形成過程が長期間、継続的に判定され、公平に評価・処遇できる上に、OJTコストも企業内経験の方がより高度な経験を積めること等から転職者採用より長期雇用が有効だと述べている。

一方、日本の組織と雇用制度を研究する経済学者の荒井一博は、1990年代後半から少子高齢化の進展や情報化等から、企業は雇用流動化を望み始めたという。
学問的な結論は出ていないようだが、バブル期以降の景気循環(低迷)期において不況時でも人員整理・解雇が困難なため、従来の雇用固定化環境では不況対策に非正規雇用が拡大するのは必然だった。
終身雇用制度自体は、多くの大企業(特に男性中心)には残されたが、事業構造の変換を迫られた製造業等でグループ会社を含む企業内の移動活発化の動きもあった。さらに、製造業でも生産性向上目的の労働者移動(雇用流動化)は大企業以外には難しく、中小企業は非正規雇用の拡大で対応している。

解雇が難しいため、大手企業は雇用流動化より賃金カット(賃下げ・定昇停止)で対応し、イノベーションが生まれにくく、日本経済の成長を阻んでいるとの意見も多い。
国際的に見れば、諸外国に比べると日本は雇用流動性が低い(=長期勤続者が多い)とイメージされがちだが、実は会社従業員の平均勤続年数ではEU圏(独・仏等)よりやや低く、10年以上の長期勤続者割合では、独・仏の8割程度でしかない。(女性の勤続年数が短い事と定年退職制度も理由となっている)

日本が特別な終身雇用=長期安定雇用の国という感覚は、米国(平均勤続年数は日本の半分、10年超も7割以下)との比較から生まれたようだ。
日本以上に解雇制限が厳しいと言われるドイツでも、実質的には企業の必要による解雇は法的な金銭解決が通常可能で、一定コストにより柔軟な雇用が可能な企業経営がドイツの経済にプラスとなっている。
さらに、日本の年功序列型終身雇用は、やはり90年代に導入が始まった成果主義による賃上げ抑制(好況時にはボーナス増)で、とりわけ中堅世代の賃金上昇を抑え(解雇の無い代償としての賃金上昇抑制)、日本企業の賃金水準が上がらないことも人材を流動化(効率的配置)出来ない大きな理由だ。

賃金固定化とROA(総資産利益率)向上

さらに、欧米に比べて日本企業のROA(総資産利益率)が低いことが指摘されている。
財務省統計でも、ROAの国際比較ではドイツの10%前後、米国の5%前後に比べ、日本の法人企業統計におけるROAは3%程度と低水準だ。
GDPの伸びや労働者一人当たりの賃金水準の伸びも、日本は大きく遅れをとっており、日本は失業率が極めて低いことの代償に、企業の収益性・成長率を犠牲にしている。
(成果主義の名のもとに、90年代後半以降の正社員総報酬額は20年間ほとんど変化していない。部課長職の転職経験者は、米国の8割超、ドイツの7割超に比べ、日本は2割以下)
高成長率で収益率も高い新規事業(新会社、大企業の新規事業部門創設を含む)には、日本では雇用流動性の壁があることが多い。

経済成長期、好況期こそリストラが必要になった日本

女性や高齢者などの労働参加率向上、あるいは外国人労働力活用などは場当たり的な対策感に過ぎないと思われる。
将来を見据えた根本的な労働生産性向上のため、アベノミクスにおいても、当初(2013年6月)からキャリア継続、雇用体系変動正社員の必要性を意識し、「日本再興戦略」において職務等に着目した多様な正社員モデルの普及・促進を謳っていた。
だが「限定正社員」構想が新たな非正規労働の導入という側面のみを批判されたことなどから、普及は進んでいない。
しかしこれこそ日本の経済成長を高める新たな働き方改革だと言う考え方が、前述の雇用流動化の必要性の立場から叫ばれている。

従業員をリストラした企業に給付する助成金として、労働移動支援助成金も、安倍政権下で大幅拡充された。
「リストラビジネスを助長する助成金だ」との批判や、制度が利用しにくい等の問題もあったが、最近では2017年度予算案で労働移動支援助成金の一部を改め、中高年層向けの「中途採用拡大コース」を新たに盛り込み、進展している。
今後も、官民共同で設立する「雇用流動化支援」目的の人材つなぎ会社などが考えられている。
この様な試みがうまく機能して広まれば、“リストラ”という概念が人員整理ではなく、攻め(プラス志向)の人員配置転換としての“攻めのリストラ”となれば、経済にとってもプラスになる雇用流動化が進むかも知れない。

良い雇用流動化と悪い雇用流動化

これまでの日本の労働移動実態は成長し需要拡大しているが、医療・福祉、技術サービス業等の生産性が低い業種に労働者が手中する傾向があり、製造業等のイノベーションが起きやすい産業で雇用吸収力は意外に上がっていない。
最新の事例でもイノベーションにより労働力が余剰になって雇用縮小されるケースも多く、その余剰労働力がより労働集約的な産業に吸収され、全体成長率が下がっていると言われる。
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技術の急速な進歩では技能陳腐化が激しく、転職後の賃下げリスクを恐れて雇用継続による賃金低下を甘受していることが雇用流動化も進まない悪循環を起こしているが、本来は成長業種、職務に能力の高い労働力を転換してゆくことが、少子化時代の日本に求められるのではないだろうか。

新しい働き方の提案から人材難解消とROA向上へ

これからの労働力不足と経済成長を両立させるには経営効率の向上が必要だ。
簡単には実現できない人材不足解消を他社との人手獲得競争や外国人労働力で埋めるよりも、雇用流動化の進展と能力を持つ人々の持っている時間をより有効に使う方法を探る事が人手不足解消策の一つかもしれない。

タイムバンクの試みは、人手不足の問題解決に直結させるにはまだ規模的もインパクトも小さい。しかし、現段階では一定以上の能力者に対象が絞られているが、今後“人の時間”について、誰もが持っている経験や技術力・学習能力等を評価し、その価値が個々人すべて異なると言う考え方がより広範に広まれば、タイムバンクの発想提示に大きな意味があったことになるだろう。

タイムバンクの活動は、人手不足に悩む日本経済活性化への提案なのかも知れない。
企業の副業認容を越えて、優秀な技術を持つ人材や他業務対応力を持つ人材等が、現在の固定化された雇用体系にとらわれず、もっと有効に使われるべきだろう。
ひょっとすると、意外に早い時点で政府主導での試みとは別に、将来的には人の持つ潜在力を各企業が柔軟に効率良く利用できる仕組みも、AIネットワークの有効活用などによって新たな人材配置システムが可能になるかも知れない。
その場合、該当システムを提供する企業や、先んじて余剰労働力の有効活用に成功した企業のROA等には飛躍的向上が期待できるだろう。

執筆者

和気 厚至
和気 厚至

慶應義塾大学卒業後、損害共済・民間損保で長年勤務し、資金運用担当者や決済責任者等で10年以上数百億円に及ぶ法人資産の単独資金運用(最終決裁)等を行っていた。現在は、ゲームシナリオ作成や、生命科学研究、バンド活動、天体観測、登山等の趣味を行いつつ、マーケットや経済情報をタイムリーに取り入れた株式・為替・債券・仮想通貨等での資産運用を行い、日々実益を出している。


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