転換を迎えたドル円相場はこれからどうなるか?
急速なドル安が進んだドル/円相場だが、ドル下落の理由は明確ではない。
相反する指標等もあり、昨年来のレンジ相場を離れそうなドル/円相場について、アナリスト予想も分かれている。
為替変動要素と急落した株式市場等のドル/円相場に関連する事項を整理し、今後の展開を占ってみたい。
目次
長期間レンジ相場だった為替市場
為替相場は相対取引で売買され、株式市場のような地域別の「市場」はない。
相対取引に利用される情報は、全世界の相対取引情報が売買レートとして表示され、24時間休みの無い世界一体の市場だ。
他の金融商品とは比較できないほど巨大な取引量でありながら、非常に流動性も高い取引だが、(一日平均でも200兆円を越える)その中でも米ドルを通貨ペアとする取引量が圧倒的に多い。そのため、ドル相場の大きなトレンド変化には、かなり大きなエネルギーが必要となる。(ドル/円通貨ペア取引は、全体の2割程度)
為替レートに影響を与える要因も、主なものだけでもマクロ経済動向、各国の通貨・金融政策の行方、地政学リスクに加え、政治経済界の要人発言やヘッジファンド等の投機行動など実に多彩だが、投機資金や要人発言等は主に短期的変動に繋がり、中長期トレンドには各国の中央銀行等が決定する金融政策の方向性と金融政策に密接に関連する金利水準が大きな比重を占める。
2017年は、これらの要因が特にドル/円レートにおいて全体として中立的に働き、適温相場と言われた株式市場と同様、為替、金利ともに低い変化率(低ボラティリティ)を維持した。
ドル/円レートは、1ドル115円~108円のレンジ内で1年以上膠着し、過去に例のないほど値動きの少なかった為替相場だったが、やはりレンジ内で動いていた米10年債金利がレンジを越えて2.8%を越えると、ドル安方向に急速に動きだした。
最近の円/ドル相場は何が変わったのか
ドル安が明確になる前の2017年11月頃から、高い相関を保っていたドル指数と日米金利差が乖離し始めていた。
2018年に入って、この乖離はさらに拡がり、日米金利差が2%に達してもドルは円に対して弱含みの傾向を続ける逆相関の動きになった。
(画像参照元:lets-gold.net)
ドル下落のきっかけは米雇用統計において、平均時給額が26.74ドルと2.9%増加し、10年債金利が2.8%に急騰したからとされている。(同時に発表された非農業部門雇用者数は、事前予想を約2万5千人上回る20万人で、失業率も前月と同率の4.1%と特別な数字ではなかった)
その後、平均時給増加の原因は、大寒波襲来による労働時間の縮減が理由であり、時給アップは一時的なものではないかという指摘もあった。このため金利急上昇の根底には、FRBの出口戦略に伴う資産圧縮もあり、一部で言われるような好景気を反映した金利上昇というよりは、資金余剰の減少を見込んだ債券安(金利上昇)が、賃金上昇というきっかけを得て顕在化したと言う見方が、現在有力になりつつある。
日米英欧の4中銀の合計保有資産額は、2016年に約1,200億ドルだったが、2017年末には約800億ドルにまで減少し、2018年中に500億ドル程度にまで低下すると見られている。
今の所、金利上昇にも関わらず、財政赤字や景気後退の先取り意識もあり、ドル安傾向に明確な歯止めがかかっていない。
長期金利は、レンジ内相場上限2.6%を越えてからの上昇ピッチが速く、早期3%乗せへの警戒感が生まれたのも当然だが、金利自体は企業の潜在成長率を下回っており、にわかに景気後退を生む水準ではない。
そんな状況下で、いきなりドル安(特に高止まりしていたユーロより対円のレート切り下げが大きい)となった要因は、レンジ相場に内在していた変動待望エネルギーが吐き出されるための引き金に過ぎなかったのではという見方もある。
いずれにしても、金利差相関という理論的傾向を離れて逆方向に動き出したドル/円相場は経験則からの推移予測が難しく、アナリストたちの意見も分かれている。
今後のドル/円相場変動要素
今後の為替相場を動かしそうな要素は多いが、いくつかの重要な事項について検証してみたい。
インフレ率の推移
長期金利(米10年債)は2.8%を越えたが、直近のコアCPEデフレータとの乖離率や景気動向等からは、極端なインフレ加速は考えにくく、金利上昇スピードさえ落ち着けばドル安も落ち着きそうだと言う見方がある。
世界経済の動向
EUの金融調整への政策転換を見込んだユーロ高の勢いは強く、原油価格等の商品市況上昇基調もドル売り要因として残っている。
また、根底にあるのはトランプ政権の減税政策と、間もなく具体化すると思われるインフラ投資政策の実施での大幅な財政拡大(国債増発)に伴う財政赤字拡大(ドル安要因)である。この点は、2月12日に予定されている米国の一般教書にインフラ投資予算で、どのように盛り込まれるかが要だ。(具体化すれば金利上昇)
株式市場の動向
金利上昇とドル安に加え、NY株式市場が大きな下げ局面に入っている。
日本市場も大幅安で、ここまでの下落幅になると引き続き経済好調であっても株式相場が再び上昇傾向を取り戻すのは難しいかも知れない。特に米国株は、上昇過程の過熱感が強かっただけに、今回の下落が単なる調整局面かどうか微妙な情勢だ。
一方で、日本株については先物主導の下げ要素が大きく、最近の先物指数の下落傾向(下値切り上げ)をみると、極端な乱高下はそろそろ終息する気配も感じられる。
ただ、目先のドル/円相場は、短期的には株式市場の動向から大きな影響を受ける。(今後の見通しについては後述する)
その他の要素
米国金利上昇の原因として、昨年12月から原油高とドル相場の軟調を材料に徐々に上昇していたことから、雇用統計発表での賃金急上昇はトレンド加速のきっかけに過ぎなかったと言う観測も多い。
だが、原油高やドル相場の水準は金利上昇の理由にはならない、あるいは仕掛け的な債券売りだったのではないかともいわれる。
世界経済においては、先進国の金融緩和を受けた資金余剰により、中国を除く企業部門の借り入れ残高は高水準を維持しており、金利上昇が世界経済に与える影響は小さくない。
さらに米国内の不動産市況はバブル状態とも言われる。(2009年以降、米住宅市場指数は上昇を維持し、2000年のITバブル時期とほぼ同水準まで上がっている)
またEUにおいても、家計借入残高、住宅ローン残高が共に増加基調で(2017年末には2010年対比で、家計借入残高は約1割増加、住宅ローン残高は2割以上増えている)過去最高を更新中だ。
2018年の円/ドル相場はどうなる?
FOMCでのタカ派増加やムニューシン発言に加え株式市場の下落など、先行き不透明な要素が少なくない。(前回のFOMC理事会においては、イエレン議長からは為替動向に関わる発言がなく、注目はFRB高官らの発言に移っていた)
ムニューシン財務長官発言で始まった今回のドル安だが、賃金上昇とFRBの資産圧縮はドル安のきっかけだけでなく、前述した様に株式市場の混乱(急落)となり、さらなるドル安原因ともなっている。
長官自身は2月6日には、最近の米国株急落について「株価下落には過度に懸念はしていない。米国経済は極めて好調で金融システムには問題がない。株価の下げ幅は大きいが通常の市場調整の過程にあり、市場は適切に機能している」と述べている。
最近、米国年金資金(401k)とみられる月曜日の売り(下落)目立っていたが、直近月曜日のNY市場は堅調だったことから、リスク資産解消警戒感は引き続きあるが、調整は一段落かとの見方も出てきた。
長期間低水準だったボラティリティの上昇も落ち着き始めている。
議長交代期特有の先行き不透明感等をきっかけに、VIX指数(恐怖指数)が40ポイント近くに上昇し、関連するデリバティブ商品の暴落が株式の下げを加速した可能性も指摘された。(全体の8割を越えたAI取引が根拠の薄い売りを増幅したようだ)
この場合には、現状で不動産価格・商品相場・為替等に目立った動きはないので、元々はっきりした下落要因の無い下落であり、機械的に売却するリスクコントロール型投信の動きが止まり、株式相場もある程度落ち着くかも知れない。
最近の株式下落を、一昨年のチャイナショックや1987年のブラックマンデーと比較する考えもあるが、これらの下落はいずれも短期間で終息している。(但し1987年は、利上げから利下げに転換し円高になった為、日本株はしばらく低迷した)
金利水準については、セントルイス連銀総裁の「物価が上昇しない限り、FRBの利上げは加速する理由がない」等の発言からうかがわれるように、議長交代後のFRBには利上げ加速等の金融政策変更の動きは今の所見えていない。
EUの中央銀行にあたるECBのドラギ総裁の発言は「ヨーロッパ経済は好調だが、行き過ぎたユーロ高には懸念を覚える」と発言しているが、今の所ECBが資産圧縮の方針を変える気配はない。
日銀は指値オペでこれまでの金利水準について堅持姿勢を見せており、ドル/円の金利差は続き、円高に一定の歯止めがかかっている。特に、出口戦略開始について注目されている日銀の金融政策は、先週黒田総裁の続投が決まったことから当面大きな変更がないと見られる。(円高株安局面において現行の金融緩和継続姿を変更する事については、実施はもちろん、コメントすらあり得ないと言う見方が一般的だ)
このため、特別な事情が無ければ日米金利差は拡大し続け、(日本の金利実質固定・米金利上昇)、最終的には米国10年債の水準がドル指数と相関する傾向が再び強まることになるだろう。
結論として、例えばデリバディブ取引での巨額損失や隠された地政学リスク等のリスク顕在化で各市場の混乱が拡大しない限り、株式市場の動きに限定された危機とみなされ、早晩為替相場が落ち着きを取り戻す可能性が高い。
当面の為替相場・株式市場と米FRBパウエル議長
当面のドル/円相場については、黒田総裁続投等報道を受けた一時的な円安局面はあっても、詰み上がった円に対する為替先物等のポジション(円ショート)解消には時間がかかるとの観測もあり、円高(ドル安)トレンドがすぐに変わる可能性は少ないとの見方も多い。
株式相場の下落は進行中で、原因も今の所結論は出ていない。
これからの株式相場の落ち着きや為替相場安定には、FRBの政策(口先介入も含めた)が大きな要素だ。
具体的には、米国の金融引き締め政策に対するパウエル新議長の姿勢を見極め、新しい方向性(方向が不変としても先行き不透明感が消える)を探ることになりそうだ。
最終的に、現在の為替動向が方向性を明確になるのは、今月下旬に予定されているパウエルFRB議長の議会証言に見られる今後の金融政策に対するスタンスが焦点になるだろう。
仮に該当する発言がない場合でも、発言が無かったこと自体が相場動向の判断材料になると思われ、相場急変から約一ケ月経過後に新たな動きがみられるかも知れない。
パウエル議長とFRB理事会
最後に、パウエル議長と今後のFRB理事会を考えてみたい。
パウエル議長は、弁護士からブッシュ政権(父)時代に国内金融担当の財務次官に就任し、カーライルグループの共同CEOを経て、2012年からFRB理事となっている。
経済学者が就任することの多かったFRB議長にパウエル氏が就任したことで、チーフエコノミストとして活動するとみられる現在空席の新副議長が注目されている。
学者ぞろいの理事達にパウエル氏がリーダーシップをとる上で、イエレン議長時代のフィッシャー副議長の様な補佐役は経済学者だったイエレン氏以上に重要だろう。ハト派理事の退任によりバランスの変わった理事構成から、副議長にはハト派(利上げ慎重派)の人物が就任すると言う観測もある。
パウエル議長は、就任後最初の会見ではタカ派的とも言われたが、その真意は政策自由度を確保したいという意思だったようで、彼がFRBで強いリーダーシップをとるために信頼できる強力な副議長就任がFRBの金融政策遂行にとって重要だろう。現段階で複数挙げられている候補者の中では、ウイリアムス氏(サンフランシスコ連銀総裁)が、イエレン前議長やパウエル議長との関係も含め適任との声がある。
ドル/円相場の今後
レンジ相場を突き抜けたドル安/円高も危惧されているが、108円を割らない限り(逆に108円がドル上昇局面となれば)強固な下支えの抵抗ラインとなり、今後しばらく円高不安は消える可能性もある。
結局の所、トランプ政権の暴走気味の積極経済政策と、過去の行き過ぎた金融引き締めによる景気後退の教訓の狭間で、FRB・パウエル議長が世界経済に有効な金融政策をとれるかが(日銀が動かない前提だが)ドル/円相場の方向性を決定する最も大きな要素となるのではないだろうか。
執筆者
和気 厚至
慶應義塾大学卒業後、損害共済・民間損保で長年勤務し、資金運用担当者や決済責任者等で10年以上数百億円に及ぶ法人資産の単独資金運用(最終決裁)等を行っていた。現在は、ゲームシナリオ作成や、生命科学研究、バンド活動、天体観測、登山等の趣味を行いつつ、マーケットや経済情報をタイムリーに取り入れた株式・為替・債券・仮想通貨等での資産運用を行い、日々実益を出している。