節税ありきで保険利用するのは問題:経営者保険を扱ってきた経験をもとに
私は、会計事務所に勤務していた際に生命保険募集人として、経営者保険など法人保険の契約にも関わっていたことがあります。
経営者保険でも保障内容が死亡保障・医療保障などがある点では個人向け保険と変わりません。
節税という切り口で保険契約の提案をするのは定番ではありますが、節税が先立つような形の契約を法人経営者が行うのは好ましいとは言えません。
会計事務所では節税の観点からのニーズ・推奨が多い
経営者保険は、会計事務所で顧問先社長向けに販売することが多いです。
会計事務所は税務・会計が本業のため、しばしば節税したい顧問先向けに経営者保険の推奨を行います。
節税以上に保険料の負担は重くなり、かえって資金繰りに神経質になる
法人形態の会社であれば、法人税を国に、法人地方税を自治体に支払うことになります。
これらの税金は、年間の利益によって金額が左右されます。
ごく単純に言えばですが、利益に税率をかけたものが法人税・法人地方税の税額になります。
大まかに言って、日本の法人税+法人地方税の税率はおよそ3割です。
業績予想から100万円の法人税+法人地方税が想定され、節税したいと考えたとしましょう。
節税の方法としては、費用(法人税計算上は損金という言葉も使います。)を増やし利益を圧縮することが挙げられます。
税金は見返りの無い支払ですのでいやがる経営者はいますし、これらの税金を安くする方法の提供が会計事務所の仕事でもありますので、節税の一手段として保険の提案をすることは多々あります。
節税のため年間100万円の保険料を払う保険に加入を決めたとしましょう。そして支払った保険料が全額損金となるとします。約30%の税率をかけた場合に、30万円の節税にはなります。
保険料を払えば経営者にいざと言うときの保障がつきますから、見返りの無い税金よりはよくなります。
しかし30万円の節税のために100万円の保険料を払いますので、保険に加入したほうが70万円余計に出費することになります。
掛け捨て型保険・貯蓄型保険で税対策は違う
実際は経営者保険での節税となると、保険料を支払ったとしても全額が節税にならないケースもあります。
掛け捨て型と貯蓄型の取り扱いの違い
経営者保険でもメインとなるのは経営者が死亡した場合の保障をつける死亡保険になりますが、保険金が必ずおりる貯蓄型と、保険金が必ずしもおりるわけではない掛け捨て型があります。
貯蓄型保険の代表的なものは、一生涯保障する終身保険です。掛け捨て型保険の代表的なものは、決まった期間だけ保障する定期保険になります。
詳しくやろうとすれば会計の知識も必要になってきますが、掛け捨て型と貯蓄型の違いは以下のイメージから説明します。
- 貯蓄型のイメージ:100万円のお金を銀行口座に預ける
- 掛け捨て型のイメージ:100万円のお金で経営者本人に給与を支払う
掛け捨て型のイメージとして挙げた給与の支払は人件費とも言われるように、費用ですから利益を少なくするものになります。
一方で貯蓄型のイメージで挙げた銀行預け入れは、手元にお金は残りますから、利益を少なくするものとは言えません。
法人税・法人地方税は利益に応じて金額の大小が決まりますから、定期保険などの掛け捨て型の保険は節税になりますが、終身保険などの貯蓄型の保険は節税になりません。
ただしこれは原則論で、定期保険でも半額分しか費用計上できないタイプもあります。
また法人向け終身がん保険のように、かつて保険料が全額費用計上できて節税商品として人気があったものでも、平成24年に取り扱いが変わり全額費用計上できなくなったものもあります。
掛け捨て型と貯蓄型の選択は節税目的で行うものではない
保険料が損をすることになっても、万が一の際の保障をとるのであれば、掛け捨て型になります。
一方、保障も必要だけど払った保険料を損したくないのであれば貯蓄型保険を選択することになります。
貯蓄型保険では基本的に節税にならないので、税金分は損します。掛け捨て型保険は全額費用処理できるものは節税にはなりますが、払った分を取り戻せない可能性はあります。
国税庁が保険の節税利用に対策を打つ形で費用処理できる範囲を狭めており、また一部費用処理になる保険も増えるなど経理処理も複雑になってきています。
節税目的で保険契約すると選択が難しくなる危険性が高まってきました。
節税になったとしても将来の税金は増える
保険料を払うときに節税になったとしても、将来法人が保険金をもらった場合には利益が増えるため、税金の支払いを先送りしているだけという見方もできます。
保険金収入に税金がかかる
定期保険のような掛け捨て型保険の保険料の支払は利益を減らしますが、一方で経営者が死亡する、解約するなどで法人が保険金をもらった際には、利益を増やすことになります。
一方で貯蓄型保険については、保険料支払いイメージ下記のイメージをもう1度思い起こしてください。
- 貯蓄型保険の保険料支払イメージ:100万円のお金を銀行口座に預ける
このように考えると、保険金をもらう時は下記のイメージとなり、保険料支払の時と同様利益の増減とは関係ないことになります。
- 貯蓄型保険の保険金受取イメージ:100万円のお金を銀行口座から引き出す
ただし支払った保険料を原資として運用した分の運用益がプラスされて保険金を受取りますので、払った保険料が100万円で、保険金として110万円を受け取ることになった場合は、差額10万円は法人の利益になります。
掛捨て保険、貯蓄型保険ともに支払保険料と受取保険金の差額がプラスになった場合、この利益となった部分には税金がかかることになります。
解約時に元本割れが生じた場合は
解約時に返戻金がもらえるような保険でも、払った保険料総額より返戻金が少なくなる元本割れを起こす危険性もあります。
掛け捨て型のように保険料を費用処理してきた場合は、解約返戻金は収益となります。100万円支払った保険料に対し、解約返戻金が90万円分にとどまる場合、もらった時には90万円分課税されますが、100万円分は節税しているので、差額10万円節税となります。
一方保険料が費用処理できない貯蓄型保険で、上記のように100万円保険料を払って、90万円の解約返戻金がもらえる場合、もらった段階で10万円の運用損がでます。結果的にはこちらも10万円の節税となります。
長い目で見て「節税」になるのは、解約で損が出た時になる点は気をつけてください。
必要保障額など経営に役立つ観点も意識して
読者の方には誤解の無いように、経営者保険の募集人は税制のことばかり考えているわけではないことも触れておきます。
法人経営上の必要保障額を意識して保険を生かしてもらおうという取り組みは、会計事務所や保険の業界にもあるからです。
経営者保険の必要保障額の計算
個人向け死亡保険の必要保障額は、死亡後遺族にはこれだけの死亡保険金があったほうがいいという金額です。
具体的には、死亡後遺族が必要とする生活費から、貯蓄や死亡退職金、年金制度でもらえる遺族年金を差し引いた金額になります。
経営者向け死亡保険でも、このような必要保障額を計算して保険提案することは推奨されていました。
経営者保険における必要保障額とは、経営者が死亡すると売上の悪化が起こり借入金返済などの資金繰りに支障をきたす危険性が高くなるため、経営危機に陥らないよう確保すべき資金です。
経営者保険などの法人保険に強い大同生命では、標準保障額という言葉を使用しています。
標準保障額は、【借入金等の負債残高+固定費6カ月程度+経営者死亡退職金-貯蓄残高】で計算します。
固定費とは毎月発生する一定額の費用で、給与や社会保険料、水道電気ガス代、不動産賃借料などが当てはまります。
経営者死亡時には退職金を支給することが一般的なので標準保障額の一要素として考慮します。
保険は長期的に考えて加入するもの
法人の経営者が節税したくなるのは、利益が黒字になると利益に応じて法人税等を払わなければならなくなるからです。
しかし業績にはどうしても波が出てきます。
黒字が出た時に節税したくなったとしても、将来赤字になる可能性もあります。
一方保険料というのは、毎月(もしくは毎年)決まった金額を支払っていかなければならない固定費になります。
そもそも保険は先々の危機に備えて、長期的に考えて加入するものです。
安定的に利益を上げる業種・企業であれば保険料でどれだけ節税できるか読みやすいですが、業績が不安定な業種では、保険料を支払った結果赤字に陥り、節税策が裏目に出る可能性もあります。
契約者貸付は経営上活用が考えられる
法人経営の上で、保険を活用すると経営上の助けになる点は触れておきましょう。解約返戻金が生ずる保険の場合、解約返戻金を担保に借入を行うことができます。
これは契約者貸付と呼ばれ、個人の保険でも活用できます。
小売業であれば売上が即座に現金として得やすいですが、製造業・建設業などその他の業種では、例えば9月分の業務の売上が、10月や11月、もしくはもっと先に入金されることもあります。
このような入金のずれが、資金繰りを苦しくしてしまい、法人が黒字倒産に陥る危険性もはらんでいます。逆に赤字でもお金が回っていれば資金繰り上は問題ありません。
ただ業績が悪い企業に銀行はお金を貸したがらないので、資金繰りに困ったときに経営者保険の契約者貸付を使えると助かります。
解約はしないので保障が続きますし、借入をするだけでは会社の利益にならない点もうまく利用する価値はあります。
保険の原点にかえり加入を考えたい
法人においても個人と同様、経営者の身にもしものこと(死亡等)があった場合に備えるのが保険の本来の機能です。
しかし保険料支払時には節税になるという理屈も一理あり、また日本の法人で多い零細企業の相談窓口として会計事務所が機能していたことから、経営者保険に関しては節税という切り口が商機になってきました。
国税庁も節税封じの策をとり、節税メリットは薄れています。一方で経営者に対する保障額を適切に見積もってから加入することで、保険の本来持つ保障の役割を経営に生かすこともできます。
法人経営は、最悪経営破たんに至るまでのリスクを伴います。経営者の死亡等によっても経営破綻はおきうる話ですので、そのために経営者保険の果たす役割はあります。
執筆者
石谷 彰彦ファイナンシャルプランナー
保険代理店を兼ねる会計事務所に勤務し、税務にとどまらず保険・年金など幅広くマネーの知識を持つ必要性を感じファイナンシャル・プランナーの資格を取得。保険・年金・労務・税金関係を中心にライティングを行う。